東京高等裁判所 昭和27年(う)3754号 判決
〔抄 録〕
一、弁護人遠山丙市の論旨第一点について。
原判決を査閲するに、犯罪事実として第一に被告人清水修の判示収入印紙の業務上横領の二個の事実を、第二に被告人八太辰生の被告人清水修及び鈴木昇の依頼による判示収入印紙のいずれも平田稔に対する売却周旋の賍物牙保の七個の事実(内被告人清水修関係は四個)を判示し、証拠としては右犯罪事実にそれぞれ照応するように各別に掲げないで総てを一括して証拠の標目を羅列していることが明白であるから、通常の場合であるならば、所論のように判示事実のうちいずれをいずれの証拠によつて認定したか必ずしも明瞭といえないのであるので刑事訴訟法第三百三十五条第一項の要求する証拠説明を具備しない瑕疵があると認めざるを得ないであろう。然しながら本件においては、前記証拠によれば、被告人清水修及び鈴木昇はいずれも東京通産局の職員であつて相互に事情を了解し相助けあつて原判示収入印紙を還流割当証明書等からはぎ取ることによつて横領したり(即ち原判示第一事実)窃取したりして、これを被告人八太辰生に依頼して平田稔に売却して貰い、右被告人はその賍物たるの情を知つてその売却方を周旋したものであつて、被告人清水修に対する関係の証拠は、同時に又被告人八太辰生に対する関係においても総て証拠となり得べき関係にあること、即ち原判示第一事実と原判示第二事実との間には不即不離の関係にあることが明瞭であるから、右両事実について各別に証拠を掲げることは、同一証拠を双方に並べて掲げる結果となるのである。従つてこのような場合においては全証拠を一括して掲げても前記法条の要求する証拠説明は充たされるものと解すべきであつて、如何なる犯罪が如何なる証拠によつて認定されるかという形式的関係はこれによつて明示されているものといわなければならない。原判決もこの趣旨において一括して証拠を掲げたものと推察されるから、所論のような証拠理由不備の違法は認められず論旨は理由がない。
二、弁護人置鮎敏宏の論旨第一点について。
原判示第一の事実は原判決挙示の証拠によつて優にこれを肯認することができ記録を精査しても右事実認定に過誤あることを発見することができない。即ち原判決の挙示する証拠によれば被告人清水修は、東京通産局技官として同局鉱山部鉱山課に勤務し、硫黄、硫化鉱の需要者割当申請書の受付や還流割当証明書の整理等の事務に従事していたこと、整理後の還流割当証明書は発券係に引き渡し同係においてこれを保存していたことを認めることができるのであるが、このことから直ちに所論のように還流割当証明書の保管は被告人の業務とするところに属しないと速断することは軽卒である。なるほど還流割当証明書を最終的に保管する責任乃至業務は発券係にあるとしても、整理係においてその整理のために自己の手許に還流割当証明書をとどめて整理事務を終了して発券係に引き継ぐ迄の間は、たとえ、その間の時間的間隔が僅少であるとしても、その間の保存の責は右整理係事務担当者にあることは当然の事理であつて、これを右係である被告人清水修の刑法第二百五十三条にいわゆる業務と解することは洵に相当である。なお又消印済の収入印紙であつても既に原判示のように所轄公務所において保管の利益を有する書類に貼付せられその一部をなすときは刑法上の財物として財産罪の客体となることは既に大審院の判例(昭和四年七月四日第五刑事部判決大審院判例集第八巻刑事三八六頁参照)の示すとおりである。従つて原判決が証拠によつて原判示第一事実を認定しこれを業務上横領罪に問擬したのは洵に正当であつて何らの違法は存しない。次に印紙犯罪処罰法第一条第二条の規定は、刑法第十八章の有価証券僞造の罪の諸規定に対する特別法であつて、その限りにおいて刑法に優先して適用されるものであるが、その為に右規定に該当する行為以前において他の法益を侵害する場合に於ても他の刑法上の犯罪を構成しない結果となると解することは全く独自の見解であつて到底これを許容することのできない謬論である。従つて本件において、消印済収入印紙の剥取横領行為(原判示第一の(二)の行為)が、たとえ、所論のように剥取自体を目的として行われたものではなく、行使の目的でその消印を除去してこれを他人に交付しその対価を得んとする企図の下に行われたとしても、その剥取行為自体は前に述べたようにこれが東京通産局に保管さるべき還流割当証明書に貼付せられていたものの領得行為であつて、即ち財産権の侵害であり、原判決が正当に認定しているように業務上横領罪を構成するや勿論である。もつともその犯罪成立後における処分行為(本件では所論にいわゆる行使の目的を以てする消印済印紙の消印除去の行為並にこれを他人に交付する行為)が、新たな別個の法益を侵害する限り、別個の犯罪を構成し、(例えば本件では右印紙犯罪処罰法違反の罪)、所論のようにこの犯罪が刑法第五十四条第一項の牽連犯の関係に立つ場合もないとはいえないけれども、訴因制度を採用している現行刑事訴訟法の下においては、このような被告人の防禦に実質的な不利益を与える結果となるような重大な事項について裁判所が追起訴乃至は訴因の追加又は変更等の手続を経由しないで、抜打的にこれを認定することは違法であり審判の請求を受けない事件について裁判をした違法を犯す結果ともなるのであつて、記録を精査すればなるほど所論のような印紙犯罪処罰法違反の事実が全くない訳ではないのであるが、本件においてかかる追起訴乃至は訴因の追加又は変更等の手続が採られた事実は全く存しないのであるから、此の点に関してこれを不問に附した原審の措置に何ら違法の廉あることなく、原判決が前に述べたような事実認定並に法令の適用をしたのは当然であつて所論のような事実認定並に法令の適用の過誤は毫も存しないから論旨は全く理由がない。
註 本件原判決の認定した犯罪事実及びその掲げた証拠の標目は左のとおりである。
第一、被告人清水修は通商産業技官として東京都渋谷区千駄ケ谷三丁目五五〇番地所在東京通商産業局鉱山部鉱業課に勤務し、還流割当証明書の整理事務に従事中
(一) 昭和二十五年五月頃、同局において、自己が整理のため業務上保管中の還流割当証明書に貼付の消印洩れの千円収入印紙約四十五枚、五百円収入印紙約八枚を擅に着服横領し、
(二) 昭和二十六年一月頃、同局において、自己が整理のため業務上保管中の還流割当証明書に貼付の消印済千円収入印紙約二百二十枚、五百円収入印紙約三十枚を擅に着服横領し、
第二、被告人八太辰生は
(一) 昭和二十五年五月頃相被告人清水修の依頼に依り同人が前記第一の(一)記載の通り横領した千円収入印紙約四十五枚、五百円収入印紙約八枚を、それが賍品であることを知りながら、東京都中央区銀座西七丁目一番地尚栄ビル内岡田事務所において、平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
(二) (イ) 同年十月頃相被告人清水修の依頼に依り、前記東京通商産業局の雇である鈴木昇が前記東京通商産業局倉庫内より窃取した千円収入印紙約五、六十枚を、それが賍品であることを知りながら東京都中央区兜町二丁目上三証券株式会社において平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
(ロ) 同年十月頃前記鈴木昇の依頼に依り、同人が前記東京通商産業局倉庫内より窃取した千円収入印紙約五、六十枚を、それが賍物であることを知りながら、前記上三証券株式会社において平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
(三) (イ) 昭和二十六年一月頃前記鈴木昇の依頼に依り、同人が前記東京通商産業局倉庫内より窃取した千円収入印紙約二百五、六十枚を、それが賍物であることを知りながら、東京都中央区日本橋浜町二丁目中島実之助方において平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
(ロ) 同年一月頃、相被告人清水修の依頼に依り前記鈴木昇が前記東京通商産業局倉庫より窃取した千円収入印紙約七、八十枚を、それが賍物であることを知りながら、前記中島実之助方において、平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
(四) 同年三月頃、前記鈴木昇の依頼に依り同人が前記東京通商産業局倉庫内より窃取した千円収入印紙約七、八十枚を、それが賍物であることを知りながら、前記中島実之助方において、平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
(五) 同年四、五月頃、相被告人清水修の依頼に依り、同人が前記第一の(二)記載の通り横領した千円収入印紙約二百二十枚、五百円収入印紙三十枚を、それが賍物であることを知りながら、東京都港区芝白金台町一丁目八二番地の自宅等において、平田稔に売却の周旋をし、以て賍物の牙保をなし、
たものである。
(証拠) 一、通商産業事務官松田郷二、原真清共同作成の被害始末書
一、検察官作成の平田稔の第一回供述調書
一、検察官作成の鈴木昇の第一回供述調書
一、分離前の相被告人鈴木昇の当公廷における供述
一、検察官作成の被告人清水修及び同八太辰生の各第一回供述調書
一、被告人清水修の当公廷における供述